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〜ヤマさんより〜

 「施設を退寮されたんですね。まずは、おめでとうございます。週5日のバイトをしながら、薬物の自助グループに通い、1人暮らしをしている。そして、毎朝、満員電車にのってバイト先へ出かけている。とても、うれしいです…とありましたが、ヤマさんはご自身がこのような時間を過ごされることをご自身で信じていましたか?」

 15年以上、薬物を使い続け、20年以上、神経症と闘ってきてしまった僕が1年半居た薬物のリハビリ施設を円満退寮した時に出したメールの本間先生からの返信だ。 薬物が1日も止まらず、神経症でがんじがらめだが、酒乱の母親からも離れられなかった。とにかく、薬物のリハビリ施設に入寮したかったが、その間も、入寮前の解毒入院も恐怖と不安で一杯だった。薬物を始めて断つ恐怖、入寮して神経症の自分が施設のプログラムについて行けるか?人間関係を含めた様々な不安。

 解毒入院初日から、入寮して半年までの間の日記がある。「あるがままの自分を忘れない。」ほとんど毎日書いた、この言葉は一度もシラフでなかった時の僕の心に一番残っていた先生の言葉だった...。「自分に正直である事」は、依存症である僕にとって一番できなかった事だが、一番効果があるという事が体験としてわかった。入寮3ヶ月後、薬物を再び使ってしまった。早く施設から出る事しか頭にない自分は再使用した事を認める事なんてできず誰にも言わなかった。でも、「嘘つきの自分」が苦しくなってきた。施設から行った自助グループのミーティングで再使用した事をみんなの前で話した。ミーティングの帰り道、今まであれ程苦しかった神経症まで楽になっている自分がいた。もう、「否認の天才」でもいたくなかった。

 それから、薬物を使わないで2年半が経とうとしている。神経症もますます良くなった。円満退寮した時に出したメールの先生の返信には、最後に「ヤマさんは回復し続ける。私は、そうですね…生き続ける。お互い自分にとっていい事を続けていきましょうね。」と、あった。「薬物依存症であり、神経症である自分」を僕は忘れない。

〜R.S.さんより〜

 寂しくて怖くて何もできない私、人生の実りを迎える年頃、なのに引きこもりのような私。一人では生きてゆけない。アルコール依存症の夫を喪って二年半。〔夫を追いかけていきたいと、共に生きたかったと・・・〕今も本当は身も心もずたずたの私、それでも少しずつ、少しずつ・・・・生きてゆかなければならないから、私は母親だから・・・

 本間さんと出会ってそろそろ二年になります。「もうこれ以上、生きていけないような気がします。ぎりぎりの気持ちです。」 そういった私に「いらっしゃい。」と、そして「通い続けなさい。」と仰ってくださいました。つらいことばかり、トラウマがいっぱいの私ですが、近頃は面接にも途切れなくいけるようになりました。これからも、ずっとカウンセラーの本間さんとクライアントの私です。道案内をしてくださるという本間さんについていく私です。つらいこと、苦しいことが忘れられるわけはないけれど、もう一度一人の人間として、自分の心を見つめてみたい。〔私を信じてついていらっしゃい。〕と仰る本間さんに見棄てられることはないと・・・信じ続けられる私でいられればと思います。

 つらく、苦しくてどうにもならないとき、メールをします。何か自分の心に思うところがあって、是非知ってもらいたいと思うとき、メールをします。取り止めがなく、所在無いときも・・・お返事を読んで安心し、なにかを感じ、また考えます。一人ではないと思えるとき、です。本間さんは私にものすごく優しく、ものすごく厳しい。普通の人ではない私が、普通ではない人生を知らず知らずのうちに生きてきて。今・・・メールのやり取りの中で私自身を知り、導いていただきながら私のこれからがあります。もうこれ以上つらい思いをしたくないから、また再び人の都合で理不尽な目に会いたくないから、必ず回復するといってくださる言葉を忘れず、メールをし続けます。

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